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終わりよければ全てよし

ちょっとだけ文章を書くのが好きなオタクのポエム張です。

優しくて、優しい背中。

声優


その背中に翼はないけど、あなたの笑顔は天使みたいに優しかった。

いろいろと理屈を述べるのが癖な割に、好きという感情には情動的で可愛らしくなってしまうあなたへの、共感に近い救われたという憧れが、最初の想いだったんだと思い返す。


ほっと、肩の荷が降りたような心地だった。
ずっと座ったまま、手に光り物もなくリズムを刻むだけ、声を高ぶらすこともない二時間半。ただあの方の懸命な苦しむような表情と、実際のところ上手なわけでもないのにあの方の人格や、あの人を愛する周りの人たちが見えるような優しい歌をじっと注視していた。




なんでもかんでも理由と過程を求めずにはいられない性分なのだけれど、この日はずっと出所のわからない嬉しさと、それこそどうしてか理解できない寂しさを感じていたい。

こちらからの言葉はちゃんと届いていたことが嬉しいのか。
やっとその言葉や気持ちを信じて受け入れてくれたことが嬉しいのか。
けれどそんな一方的に過ぎるような「あなたを好きで良かった」という私にとっての独善的なものでもなく。

ここまで明るく自分のことを語ってくれるようになったのが嬉しいのか。
幸せだと言ってくれるようになったのが嬉しいのか。
けれどそんな偽善的なような、身内ぶったような気持ちではない。

だけどなんとか言葉にするなら、おそらく「人を好きになるのに理由なんかない」から「今のこの気持ちに理由や意味なんてない」ってことなのだろう。


大勢の見知らぬ人々に一方的に知られている、この状況がどれだけあなたにとって恐怖で不安だったか、それこそ何回も聞いてきた。
それでも、それでも私は、その「あなたを好きでいる多数」を「ひとりひとり」として認識しているあなたのその誠実さが嬉しかった。


一方的に好いていること。あなたを私たちの願いと祈りで苦しめていること。
それでもあなたは、私たちの笑顔が嬉しいと笑ってくれる。
私はあなたを苦しめている自覚の元で、あなたを好きでいた。

あなたが時に苛立ち、苦しみながら歩いてきた日々を私も知っている。
あなたが常に私たちから隠し、自嘲しながら戦ってきた真実を、私は知らない。

その割にあなたはかなり素直で、歌も言葉もいつだって、本当のことを告げようとしていた。まじめなのか、律儀なのか。
自分を本当に舞台の駒として扱えるあなたには、もしかしたら解っていなかったのかもしれないけど、私たちにとってあなたの真意というものはとても重要で、いつだってその想いのひとかけらを拾おうとしていた。だから、嫌が応でもわからされた。
あなたが苦しんでいること。あなたがその舞台こそを愛していること。舞台の駒である自分自身に信念と誇りを持っており、そのためならいくら身を削っても構わないこと。けれど、それにすら罪悪感を感じ、幸せと笑顔を追い求めていること。
そんなあなたはとても気高く美しく、私はその姿に強く憧れた。

求められれば求められただけ、それ以上のものを応えるあなたを、好きなればこそ追いかける。けれどあなたのその苦しみの元は、あなたを追い求める私たちなのかもしれない。
あなたはそりゃあ喜んでくれるし、応えてくれるけど。本当のところは、解放されたがっているのかもしれない。そう思えばいたたまれなかった。

あなたの笑顔が好きで。笑い声が好きで。真摯なその言葉と不器用さが、それでも向き合おうとしてくれる優しさが、自分たちに向けられているのが、ただただ嬉しくて。涙が出るほど幸福で。
でも、何がいったいあなたの幸せなのだろうか、と考えてしまう。私は大勢の中の一人で、なんなら赤の他人よりも他人の存在だ。
できることなんて、何もない。苦しめたりするようなことしかできない。本気でそれが悔しかった。

これが依存に近いこともわかっていて、こんなもの望まれていないことも、私が生きるためにあの人という存在に縋っていることも重々承知で、それでもあの人の笑顔がただ好きでただ心から憂いなく笑ってくれたらいいのになって、思っていた。祈っていた。


私があなたの日々を知らないように、あなたも私の日々を知らない。
だからその好きや大切を、真実か?と聞かれればそうとは言えない。あなたにとってみれば、私たちが、私があなたに寄せる願いや想いは「よくわからないもの」だろうし、あなたにとっての私たちが枷なのか呪いなのかはわからない。
だけど、あなたが私たちを少なからず、信用してくれていて、この場所にいることを幸せだと、本当にそう思えるようになったなら。

私もよくわからない。わかるような知識も経験も持ち合わせてはいない。
でもこれは幸福なのだと思う。もっと言えば、安心なのだと思う。
今日という日は昨日から、そのずっと前から繋がっていて、今日という美しくて大切な日に至って、今日から明日、明日からまた会えるいつかの日へ繋がっていく。
人の気配のなくなって最終電車が得体の知れない車庫の闇へ消えていっても、明日にはまたたくさんの人を乗せて同じ線路を走るように。
今日と明日は分断されることはなく、不安になることもなく、悲しいこと苦しいこと、嬉しいこともすべてあなたとの日に繋がる。そのあなたとの日も、また続く悲しくて楽しい日々と同じだということ。

怖くても、辛くても大丈夫なんだということ。
それは言葉にあえてするようなことではない、なんでもないことで、言い表したりできるような幸福ではなく。ただそうであるというだけのこと。

何度も何度もあなたから問いかけられた「幸せと言ってもいいのか」、その答えとようやく出会えたんじゃないかなって、今まであなたを好きでいた日々を思い返して、そう素直に思えたんだ。