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終わりよければ全てよし

ちょっとだけ文章を書くのが好きなオタクのポエム張です。

腐った矜持

声優 BL

majipro.blog22.fc2.com




この記事の概要としては

となっています。
自分なりの腐女子としての萌えと、声オタとしての声優さんへの尊敬を込めて書いていますので、
腐った人間や声豚の意見など知らぬ存ぜぬという方にはおススメできません。

また、誰か一個人を攻撃する意図は全くありません。
あくまで一人の声優ファンかつ腐女子としての感想です。



今回間島さんが言いたかったことと、

BLはAVではないと(あるいは一緒にするな!など、理由はそれぞれ)怒ってる人と、

いやBLはAVだろって怒ってる人に突っ込んでる人は、

それぞれがそれぞれの言いたいように、それぞれの考えでズレた見方をしているように思う。
使っている言葉は同じでも、違うことについて主張しているというか。主張という表現もまた違う(反論、あるいは自衛・自戒だ)と言う人の気持ちも十二分にわかるけど。
私個人の意見としては、間島さんの発言も、お怒りでいらっしゃる人の発言も、そして多分だけど怒ってる人に突っ込んでる人の発言も納得しがたかった。


その言葉を見た時、その瞬間感じたことを感じたままに受け取る。それも大事なことだ。
直感は自分の身を守るし、自分の感性は蔑ろにするよりちゃんと見つめたほうが良い。犯罪や悪事に対する嫌悪感なんてものは、真っ当な人間になりたければ持ってたほうがいいものだ。


ただそれを口に出してしまう前に、冷静に精査することが必要ではないだろうか。

この人が本当に言いたいことは何か、とか、この人はどんな人物なのだろうか、とか。

好意やお金ならともかく、批判は人を少なからず傷つけるし、もっと怖いのはブーメランになることである。時に好意ですら人の心を殺す刃になりうるのだから、口に出すものを、というより「自分の本当に言いたいことは?」を見極めることは、私は絶対的に必要だと思う。


時に人は相手の言いたいことはおろか、自分の言いたいことすらわからなくなるものではないかと、私はBLから教わった。




まず、私の立場を述べるとしたら、間島さんのことはそこまで深いファンではないが、オタクと名乗れるくらいにはオタクであり、声優オタでもある。

間島さんのことはパイセンのお兄ちゃんで(レディクロとちょろい花火回と最終話しか見てない)、ぷちますのPで、プロジェクトDABAの一員ということくらいしか知らない。あとディスガイアのこと調べたら、中ボスがマジ兄だった。(サモンナイト6のシナリオ担当会社調べたら、ディスガイア5のDLCシナリオとかその他いろいろの会社だった。乙女系作品に強みがある所みたいだけど、サモンナイトは生き返るのだろうか)

私は腐女子でもあり、基本的には二次創作系を食し、好きな作品傾向は昔はプラトニック系ばかりだったけど、最近はモブおじさんの良さにも目覚めた。受けは男前受けが好きだ。

腐女子ではあるが、百合も男女カプも好んで嗜み、男性向けのエロ同人も好きだ。そして夢小説を書いたり、乙女系ゲームやCDに手を出したりもした。

そしてアイマスPでもあるため、間島さんには割と好意的な目を向けていると思う。

だからこれから書く私の考えは、どうしても間島さんに好意的なものになると思う。




今回話題となった大まかな流れはおそらくだが、

1間島さんの記事(マジP! 楽日の夜に)

→2まとめサイト→3Twitter等炎上→4間島さんへ抗議?

→5間島さんのブログで謝罪
(majipro.blog22.fc2.com)

の流れだと思うので、

基本的には、1にある間島さんの記事、またTwitter等で見聞きした感想、そこから感じた私なりの考えを元に、間島さんが元々言いたかったであろうことと、そこから分岐して誤解されていると私が感じる点をまとめてみようと思う。なので、なるべく、5の間島さんによる謝罪記事からは引用等は控える。

また引用は間島さんのブログからだけとし、Twitter等で見聞きした感想についてはその本人のアカウント名などは出さない。本文丸写しもしない。
また、まとめブログ各所のURLも張らない。

よって私の認識によって歪められている可能性は多分にあるので、できれば直接自分の目で確かめること、ひいては自分自身で考えていただきたいと思う。








1・話題になった間島さんのブログの記事の、自分なりの解釈を付け加えた簡単なまとめ。


まず、今回話題になった間島さんのブログの記事(2015/11/4)(http://majipro.blog22.fc2.com/blog-entry-2476.html)を抜粋しつつ、私なりに簡単に解釈すると


・間島さんがBLを題材とした舞台の仕事に関わる。

・その舞台の中で、間島さんが出した意見も多く採用された。


「 あの時はまさか…あんなに僕が言った意見が採用されるとは思っていませんでしたw

貼り付け元 http://majipro.blog22.fc2.com/page-1.html  」



・その意見は間島さんが実際に声優として商業BLに出演した際の、役者個人としての仕事に対する姿勢によるものである。

「 というわけで実は、劇中に出てきたセリフの一部は僕がBLのお仕事から感じたこと・学んだことがベースになってることだったりします。

貼り付け元 http://majipro.blog22.fc2.com/page-1.html  」


・その意見・姿勢を簡単な言葉でまとめる。


「 『BLなんてAVやないかw』みたいなことも言ったかもしれません…だってそうだもん、男同士とはいえ声だけとはいえ「性交渉をマイクの前で演技する」ことは、人間を演じる上で考えるとそれは秘め事であり、マイク前で声だけ、映像はないとか実際にやらないとかそういうことは関係なく、つまりそれはアダルトな世界であるわけで。
でも僕はAVも立派な産業で、そこにはプロのプライドと意地とお客様を満足させようという強いコダワリがあると思ってるのでまったく差別する気はなく、『ニーズ』を考えるとBLってジャンルはAVと一緒だよね、だから「BLが好き♪ファンタジーだから☆」とか言ってる女は全員ドスケベであるという自分内の回答を得た、というだけの話なのでなにがいいとか悪いとかではないんですがw

だって…ファンタジーとかそうじゃないとか関係なくカラミが好きだっつーんならそれはエロに興味があるってことじゃんw
心の結びつきが好きなだけなら少女漫画みたいに恋が成就するだけでいいんだから”その先”を欲しがるのは絶対スケベだからじゃんw

と思ってるので仕事でやるときはプロの意地を持ちながら「でもAVだよね」と思いつつやってるという…劇中の芹宮くんとも肩甲さんともまた違う考え方でやってますがw

貼り付け元 http://majipro.blog22.fc2.com/page-1.html  」


・そしてその意見を元にした舞台が、制作側の一人として、うまくいくのか受け入れられるのかという不安があったことを明かす。


「 その辺の話を鈴木区流にアレンジしてお話にされてたわけで…ぶっちゃけ不安だったんですよ。
『BL好きな人が見たら反発されるんじゃないか』『難しいテーマだったんじゃないか』…と。

貼り付け元 http://majipro.blog22.fc2.com/page-1.html  」


・上演した結果、その不安が杞憂に終わり、また完成したその舞台を改めて見たことにより、間島さん自身の中の考えに変化が現れたこと。(要はその舞台がどんなに良かったか)

「 それは稽古場で見ていてもそうで、面白いけどどこか不安を感じてたんですが…劇場入って見たらその不安はなんもなくなりました。

貼り付け元 http://majipro.blog22.fc2.com/page-1.html  」


「 すべての要素が整ったものを見せられると主題が浮き彫りになってくるっつーか…そこで気づいたんですよね、この作品ってBLがやりたいんじゃないし、BLで遊びたいんでもない。
『人間が成長する』という物語を、BLという題材を使って表現しているんだと。
そしてそれに気付けたのは何より、劇場に入ってから一気にクオリティを上げてきた鈴木区の面々の力でもあるわけですが。
やっぱ本番って違いますね…光と音と、何よりお客さんの前でお芝居をするという喜び。

貼り付け元 http://majipro.blog22.fc2.com/page-1.html  」



・舞台の成功への喜びと感謝


「 お客さんの反応を見てもそのとおりだし、板の上に立つ役者さんたちを見てもそれは明らかで…舞台上も客席もみんな笑顔。
ホントに良い公演になったんだな、僕が出した情報は(怖かったけど)生きていたんだな、と思えるいい物になってました。

貼り付け元 http://majipro.blog22.fc2.com/page-1.html  」

「 まずは鈴木区さんお疲れ様でした!
そしてご来場くださったお客様、本当にありがとうございました!!(と鈴木区ではない僕が勝手に言うw)

貼り付け元 http://majipro.blog22.fc2.com/page-1.html  」



という、BLという題材を扱った舞台に関わった、間島さんの感想や感謝を述べている。
決して誰かを批判したりするものではない。そして至極真っ当な仕事の話である。

個人的な話をすれば、こうして作品に関わった演者さんが裏話とかをしてくれるのは大変嬉しいことだと思う。私たちが普段見ているものは突然空から降ってきたものなどではなく、顔も知らない誰かが一生懸命働いて生み出されたものなのだから。


(件の舞台のDVD発売するみたいですーsuzuki-ku.jugem.jp
)
(今度てらしーとしゅがみの主演の舞台もやるみたいですね)


2・BLにおける濡れ場の存在意義


これから書く話の前提として、恋愛とセックスについて自分なりの考えをまとめようと思う。


セックス=恋愛なら、強姦魔はとんだモテ男だし、ウテナ様と鳳暁生は相思相愛だということになる。世界を革命する力はどうしたという話だ。

また、セックスで人生における問題が解決することはほとんどない。セックスがもたらす結果である妊娠とか、結婚とかではなく、ちんこを入れられた人間がそれで救われればそんなうまい話はないし、そんな力があれば教祖様にでもなればいい。
性的快楽でストレス解消することは素晴らしいことであるが、他の、言葉や行動で解決すべきことをセックスという魔法に頼らないほうがいい、という話だ。


これはもう大前提の話であり、私にとっては最早世界の真理ですらある。


その上でBLもGLもNL(便宜上この表現)も対して変わらないものだと私は思う。
勿論、女の子同士の間で生まれる密やかで柔らかな気持ちとか、男女の人生の甘さ苦さにも似た関係や、男性同士の友情にも似た激しい想いを、全て一緒くたにして言っているのではない。
そもそも同じ恋愛という土俵に立つ以上、本来は性別関係なく平等であるべきである。そして両者の性別はどうあれ(BLだろうとGLだろうとNLだろうと)、想い合う二人が性的関係を求めるのもなんら不自然なことはない、というだけだ。勿論それを求めないことも選択しうる自由である。


セックスするやつはセックスするし、しないやつはしない。だが、この2つは平等であるべきだ。
道行くカップルはセックスしてるし、クリスマスに生まれた奴はバレンタインベイビーだ(間違った知識です)。
恋愛を扱った作品である以上、性的関係を扱うのは至極普通のことだと、私は思う。



しかし、恋愛ものである以上性欲だけではなく、受けや攻めも人間である以上産めや増やせやだけではない意味をセックスに求めるはずだ。
割と創作上の行為全般に言えることだと思うのだが、今回の場合BLに焦点を当てれば、そもそも受けも攻めも男同士である以上普通に考えれば子供は望めず、ならばBLは性欲を土台として成り立つものではそもそもないはずだ。


出発点はそこからだ。
そしてこの考えに基づけば、「BLはAV、女性はドスケベ」、この言葉だけを見ると、なるほど、怒るのも無理のない話である。


けれど、じゃあ何故BLの(というか、間島さんのブログの文脈を正しく読めば、商業BLの音声作品の)濡れ場は必要なのか?

(間島さんはどちらかというと「より純粋な愛はセックスはいらない」派のようだ。
(心の結びつきが好きなだけなら少女漫画みたいに恋が成就するだけでいいんだから”その先”を欲しがるのは絶対スケベだからじゃんw

貼り付け元 http://majipro.blog22.fc2.com/blog-entry-2476.html

))


おそらく、間島さんが今回話題になってしまった記事で言いたかったこと(というかちゃんと読めば、BLを題材にした舞台に関わった上での、間島さんのBLを演じる声優としての姿勢、そして今回の舞台によって得た思考の変化の話をしているので、当然仕事のブログに書くべき仕事の話をしていらっしゃる)ではないだろうか。




「BLにおいて何故セックスは必要なのか」という問いについて、私なりの考え(というか腐女子としての萌え)を語れば、「BLにおいてセックスは表現の手段である」と答える。






↓腐っているので不快な方は飛ばすことを推奨します。


男同士という力関係が生じる間柄において、セックスは、というか受けと攻めを決めるということは、相手に屈服するか否か、ということを決めるのと等しいと私は思う。屈服(新妹魔王の契約者えろかった)、というと少々乱暴だが、受けに比重を置いた視線で見るならどちらがより相手を受け入れるか、攻めに比重を置くならどちらがよりがっついているか、単純に可愛らしさを重視するやり方もあるであろうが、そういった心の綱引きのバランスを表すものだと私は思う。

深く掘り下げれば、個々人の性癖や萌えの歴史を紐解くことになるが、ごくごく簡単にBLにおけるセックスの意味合い、重要性を考えるなら、まずこの「受けと攻め」の問題が出てきて然るべきではないだろうか。


また本来の意味である、恋人同士の睦み合いとしてのセックス。
ここでは現実問題とは切り離して考えるとして、男性同士の性行為では子供はできない。
BLの代表的な障害であり、萌えどころとして「男同士だから結婚もできない、子供もできない。世間にも認めてもらえない。こんな関係は不毛だ」という文句は、腐っていれば誰でも一度は聞いたことがあるだろう。
一般的な幸せである「恋人になって、みんなに認めてもらって、結婚をして、セックスをして、子供ができて」と、自分たちの恋人同士の睦み合いとしてのセックスを比べてしまう悲しさ。
そしてその悲しみを乗り越えてなお、お互い求め合い、触れ合うことのできる幸せ。
こういった王道的なBLの展開を書くのにセックスは中々欠かせない。


様式美的なことを言えば、少女漫画とか洋画で言うラストシーンの「二人は幸せなキスをして終了」、これに代わるものが男同士のセックスになっている。
単純に年若い女の子は過激なものが好きというのもある、より禁忌的に、より激しく、と。
またうら若き乙女のような可愛らしいキッスで物語が終わるのではなく、もっと進んだ大人な関係をはめ込むというのもあるだろう。


当て馬との浮気なら、恋でついた傷は恋で癒やすといったところだろう。あとは、恋なんてー!!と別のことにのめり込むか、友達に癒やしてもらうか、自分についた傷と正面から向き合うかなど、どうしてもストーリーが複雑になるか進みかねない。



↑ここまで腐海


BLにおいてセックスはただ気持ちよくなるためだけのものではなく、二人が心と心を通わすための手段として描かれているのではないだろうか。
重要なのは、その心の機微であって、セックスそのものではない。むしろより適切に描くために、セックスしない作品だってたくさんある。そのほうが好きだという人間もいる。

だがセックスは恋愛感情を描く上で、すごく使いやすい・わかりやすいツールであることもまた事実だ。
商業BLにおいてわかりやすさ・使いやすさ、もっと言えば、消費者へのウケの良さは最重要視される点だろう。売れなければお金にならない、お金にならなければ仕事にならない、そうして結果その商品そのものがなくなってしまう。

極端なことを言えば、「商業BLに濡れ場が多いのは、それを喜んで買う消費者がたくさん居るから」である。
ここで、本当に需要がエロにしかないのかは、私はすべてのBLを知っている訳でも、マーケティング業者でもないのでわからない。しかし現状濡れ場ものばかりなのは、そういったものを好む層が、そういったものを買い、また制作側にそういった声を上げるからである。


間島さんの話に戻れば、間島さんは作り手側(しかも発注された側)から『作品へ』『消費者へ』の話をしているのである。決して、その文を読んだ、あるいは商業BLを買った『あなた一人一人へ』の話はしていない。
あなたが商業BLCDを買わない、あるいはそういった濡れ場のない作品を好む人なら、自分への話ではないことを理解すべきではないだろうかと思う。


間島さんの主語が大きいのも火種の一つだろう。実際あの言葉だけを切り取れば、不快にもなる。
しかしこちら側から正しく理解するのも大切ではないだろうか。



3・AVとBLの違い

まず私はAVを見るタイプの女だ。ここでそれを言うのは、AVについても語る必要性があるからで、常日頃から「私~wwAVとか見てるんですよ~~www」などと言って憚らない、公然わいせつ罪な人間ではないのでどうか誤解せぬよう願いたい。


正直AVに出てた女性・男性に直接お会いしたことがないのでわからないが、職に貴賤はあっても人間に貴賤はないと思う。彼女たち彼らたちだって、おそらく基本的にはお金を貰って撮影しているプロの人間であり、カメラから離れればそこら辺に居る普通の人間であるはずだと思う。
だからそこに出演する人の人間性については、ここで触れる必要はないはずだ。


そもそもAVは男性しか見ないのか?女性も見るんじゃないか?という疑問なら、AVは女性も見る、そしてその中には女性向け(検索除けとしての文句ではなくそのままの意味)の性的興奮を促すためだけの作品もある。



じゃあ、「AVとBL(商業BLCD)は何が違うのか」
「AVとBL(商業BLCD)を同一視することによって、間島さんは何を言いたかったのか(正しくは個人の考えなので、どう考えたのか)」。



AVの目的は一言にまとめてしまえば「性的興奮を促すこと」だ。
BLの目的は、こちらはより複雑怪奇であろうが、一言とするなら「萌えを感じること」だろう。


両者の最も違う点を言えば、その先に自慰行為があるかどうかだろう。
AVは盛り上がったその勢いのまま、男性的に言えば抜く。一方、BLCDを聞いてそのまま自慰行為に走る女性(男性でも)はなかなか居ないだろう。


BLはただヤッてるだけではダメなはずだ。別に行為だけの作品がダメ、という訳ではなく、読んで字のごとく「ボーイズラブ」、男性同士の恋愛関係に萌えを感じるのだ。愛のないセックスではダメ、だと言うと陳腐に聞こえるかもしれないが、濡れ場があってもそれはセックスをしている二人のパーソナル・あるいは関係性に萌えているのであって、行為自体に性的興奮を覚えているのではないのだ。……のはずだ。


ならAVは、ただやってるだけなのだろうか。
AVにだって趣味嗜好は存在する。抜くだけでいいならシチュエーションなんていらず、やってるだけならAV(アニマルビデオ)でいいはずだ。
萎える、という感覚は、割と男女どちらでもわかるはず。



では、こうして比べてみた時、鑑賞する側としてではなく、今度は演じる側として考えてみた時どうだろうか。



間島さんは商業BLに出てる声優さんである。
ここでもう一度件のブログから、間島さんの一声優としての仕事に対する姿勢についての文を引用してみよう。



「 『女性向けには吐息』とかはまさにそう。
『BLなんてAVやないかw』みたいなことも言ったかもしれません…だってそうだもん、男同士とはいえ声だけとはいえ「性交渉をマイクの前で演技する」ことは、人間を演じる上で考えるとそれは秘め事であり、マイク前で声だけ、映像はないとか実際にやらないとかそういうことは関係なく、つまりそれはアダルトな世界であるわけで。

貼り付け元 http://majipro.blog22.fc2.com/page-1.html  」



マイクの前で、何をしているのか。
当然演じていれば、その役柄の気持ちになるのだから、その役が感じている性的快楽を演技の上だとしても感じ、体を犯される・犯す疑似体験をする。当然より深く役を演じようと思えば、実際その役がどれほどの想いで、どれほどの快楽を感じているのか、自分なりにきちんと噛み砕いて、尚且つそれを的確に表現しなければならない。
勿論仕事として、作品として世に出す以上、それなりのクオリティは求められる。演者としての意識が高ければ高いほど、中途半端なことをしようとは思えないだろう。


再三言うが、これは、見る側(消費者側)からの意見でもなく、誰かたった一人に向けた意見でもなければ、男性女性という大きな枠組みにおいてヘテロの男性から女性へ向けた意見でもなく、一役者としての仕事に対する姿勢の話なのだ。


もしも、いや絶対的に見てる側が性的欲求を覚えていなくても(AVだと思って見てなくても)、演じてる側がやってることは性的なこと(演技)であり、AVと一緒なのだ。




私は片方の性別の気持ちしかわからないので、男女の身体の造りの違いについて、本当の正しい、真実のところはわからない。それはおそらく、誰にも、役者と呼ばれる人にも、普通の人にもわからない。科学者なら少しは理解があったとしても、その違いをその体で実地に感じられる(二つの性を自分の身体で比較できる)人は、なかなか少ないと思う。


しかし理解しようと努めることはできる。どうせわからないから、で投げ出さないことはできる。



私なりに、足りない頭で考えてみれば、というかBL脳なので男女の性的快楽の違いを考えただけなんだけど、
男性はおそらくトキメキが直接下半身にきて、女性は割と脳みそでトキメキを感じるという違いなのではないだろうか?何にトキメキを感じるか、どんな風に、どうやって、どの身体の部位でトキメキを感じるかの違いであって、受け取ってる信号自体は同じようなものではなのだろうか。
相手の「あ、この人、自分のこと好きかも」という仕草に、男性は「好き!やりたい!」と考えがちで、女性は「好きかも。付き合ってみたい」と思う。そんな違いなんじゃないか、と。



こんな風に、少しでも理解しようとか、察しようとすることはできるはずだ。勿論この考えが確実に合ってるなんて思わないし、個々人の差なんて当然ある。
ただできるだけ相手に近づきたいと思えば、相手のことを理解しようとする。それは当たり前のことではないだろうか。


男性には女性の気持ちはなかなかわからない、逆もまた然り。
それは仕方がない。けれどこれは、間島さんが仕事として向き合うに当たって、真摯に考えてみた結果の答えではなかろうか
AVに対する考え方の違いもあるだろうが、「ただオナニーしたいだけだろ」と言われた訳でもないと思うのだ。これは勿論私の価値観による考え方でもある。



BL(商業BL)を好む女性は、そういった心の通ったセックスに萌えを感じる。

(男性が好きな女性とセックスをするのが好きなだけではなく)女性も、なにも体の触れ合わない、プラトニックな関係だけを好むのではなく、女性もそうした愛情表現を好むのである。

そういった、いわゆるファンタジー的なBLのセックスにおいてならば、お互いの心が通じ合うほど、セックスではより高まり快楽を感じるはずであり、つまり演じる側としてはより感じている・セクシーな演技をすればするほど、そういったBL(商業BL)を好んで買う女性は喜ぶ。

これはそういった話ではないだろうか。だから決して、BLを好む女性を蔑んだ言葉でもなんでもなく、ただただ真剣に演じているだけの話だと、私は思うのだ。



4・女性への性的抑圧。

そして女性が受けてきて性的抑圧についてなど「ドスケベで何が悪い論」になると、これもまた個々人で感じ方も意見も違うものである。


そして、当然ながら、千も万もご承知だとはわかっているのだが、今回の間島さんの話とはこれは全く、一切、関係ないというか、
そもそもご本人の言いたいところと微塵も掠っておらず、
それどころか当のご本人はアダルトなシーンを演じる側(性的消費される側)であり、
また声優である以上そういった文化(創作上のエロ)には理解がある方のはずで、
そもそもご本人もドスケベではないのかと思う。


でも今回みたいな話の流れになれば過敏に反応してしまう人がいるのも理解はできるし、それだけ嫌な想いをしてきた人が居たという話なのだろう。



ただその嫌な想いや、あるいは個々人が掲げる信念・思想によって、今回の件で間島さんを叩くのは、盛大な筋違いであるとしか言いようがない。


そういって批判的な意識を持ってした発言でないことは明らかである以上、この件でご当人と議論することはできない。(それこそお仕事のブログでやることではない)

悪意がない以上、謝罪も適当ではないと思う。

不用意な発言であったというなら、この発言・意見はいわば「性的消費される側」からの意見である以上、じゃあお金さえ払っていれば何も考えず、黙って善がってればいいのかという話になりかねず、
むしろ役者として真剣に仕事に向き合ったのにも関わらず叩かれるようでは、この先どのように仕事をしていけばいいのかという話にもなる。




5・前述を踏まえた、今回の話題に関する私なりの感想。

いろんな人が、いろんな自分の言いたいことを言っているように私は感じるのだが、
火のない所に煙を立てたとまでは言わないまでも、今流行りの切り取りハラスメントの様相を呈してはいないだろうか。

そもそも、この間島さんの記事は、間島さんの仕事のブログに乗せられたものであり、そしてこの記事の主題は間島さんが関わった舞台の仕事の話だ。この記事の受取人は基本的に間島さんのファンであり、この舞台を見に来た人である。


インターネットに載せた以上、また間島さんが曲りなりにも顔を出して活動している芸能人である以上、人に何を言われても、叩かれても自業自得であり、しょうがないと言った方。百理ある。あなたの言っていることは間違っていない、あなたの言っていることは世界の真理である。
そう、インターネットなんかで人に突っ込まれる隙を見せるような奴が悪いのだ。
インターネットは匿名の世界である以上、何を言ったってバレないのだから、好きに言っていい。名前なんか出してる奴が悪い。ひとつくらい、好きに言える場所がなければ、人間疲れてしまう。
芸能人で、叩かれやすい世界に居るのだから、きちんと自衛すべきだった。言わなくていいことは、言わずに済むべきだった。



だが、お客様は神様ではないし、また一方で声優さんも一人の人間である。

私たちの立場は平等であるべきで、どちらかが上なんてことは決して、絶対にない。このネットの空間でも、現実でもそれは変わらない。

お客様側に批判する権利があるように、声優さん側にも仕事の意見を言う権利がある。こちらがお金を出しているのだから、黙って働けというのなら、それは奴隷と何が違うのか。ただお金を出しているだけのこちらに、一体何の権利があるというのだろうか。こちらはプロデューサーでも企画屋でもないのに。


そして、(商業じゃなくて同人作品の声を当ててる方ならともかく)声優さんでBLの喘ぎ声を撮るためだけに声優になった人は多分いないだろう。BLCDは彼らの仕事の一部にしか過ぎない。
普段BLCDを聞かない人なら露知らず、こっちはお客様だぞと公言して幅からないのなら演じて下さる方に感謝こそすれ、叩くなんて控えめに言ってどうかしてるのではないだろうか。


私個人としては問題なのは当人の意識ではなく、商品として完成した作品のクオリティが一番優先されるべきだと思うが、この一件で間島さんの演じる作品に萌えることができなくなっても、それは仕方ない。それは個人の感情・心の問題であり、誰にも強制することも立ち入ることもできない領域だからだ。
勿論、これで間島さんの演じるBLに萌えられなくなって買わない選択も自由だ。


しかし間違えてはいけないのは、間島さんが言っているのは「商業BLに対する、声優間島淳司個人の演じる姿勢」であり、
BLというラベル全体への嘲笑でもなければ、男性からの女性蔑視でもないということだ

正しい怒りというものはおよそこの世に存在しないが、正しい批判というものは大切だと私は思う。そして自分の抱いた怒りを、正しく発散するのは一番大事なことだ。



その上で今回の件を考えると、もはやこれは市場の問題ではないだろうか。

クローズドな世界であるはずのカップリング・あるいはジャンルという小さな場所でも毎日学級会は絶えず、BLという的確かつ雑多なラベルに押し込まれてしまえば、解釈違いの宗教戦争が起こるのはいた仕方がない。

力(発言力)の強い者が勝つのが世の常であり、BLはそもそもマイナーであるべきで(個人の意見)、
そして商業BL(お金を払えるBL)という世界では、残念ながらプラトニックラブは殊更マイナーな立場である。


そういった現状に不満があるなら、制作側にその声を届ければいいはずだ。
このような趣味を公言することは良くないことだが、それを専門に作る企業に消費者の声を届けることは、全く以て真っ当なことだと私は思う。

間違えてはいけないのは、声優さんは発注される側であり、オーダーを出すのも企画するのも企業ないしはプロデューサー等であるはずである。言われたままに、職務に忠実に仕事をこなしているのにも関わらず、苦情は演者に届くのでは、これは最早ダブルバインドではなかろうか。

Twitterなどで呟いているだけではなかなか制作側には届かないものである。「伝える」ことの難しさと大切さを今一度考えなおすべきではないだろうか。届かなくなってからでは遅いのだから。




妊カフェは割とブログで書くテンションの話ではねーなと思ったし(だからって今回の件と絡めて一緒くたに言う方は、とりあえずマジ兄の女性声優への接し方とか見てから言ってほしい)、私個人としては声優さんはブログとかTwitterとかやらないでほしい勢(距離をとりたい)だが、


まずみなさん、又聞きしないで原文読もう。


言葉は足らなかったかもしれないが、そんなものみんな言われて初めて気づくものだ、と私は思う。


だからこそ、脊髄反射的に、こいつは敵だ!なんてするのではなく、
この人は何を言わんとしているのだろう、と考える姿勢が大事ではなかろうか。



隙のない完璧な文なんてこの世には存在しないので、私のこの文章(考え)にも勿論たくさんの間違いがあると思う。今回の間島さんの文章が突っ込まれたように。
だから不快に思う人は居て当然だし、その人に対しては本当に申し訳ないと思う。



ただ今回私が言いたかったのは、演者さんだって人間であり、好き勝手自由なことも考える。

その上で、彼らは人目に晒されることを選び、仕事として毎日消費者である私たちに向き合ってくれている。それはきっと、こちら側からは想像もできないくらいの苦痛だと思う。

だから作品を見聞きし、そのことで少しでも幸せや何か気持ちを受け取れたなら、そのことにちゃんと感謝しなければならないと思う。

そしてより良い作品を見たいと望むのなら、役者さんから人間であることを奪ってはいけないのではないだろうか、とも。

そういった気持ちが、少しでも伝わればいいなと思って、この文章を書きました。
最後まで読んでくださって、本当に本当にありがとうございます。




引用・マジP!(http://majipro.blog22.fc2.com/page-1.html)